5月30日(土)何日ぶりかの晴れ



 新しい冷蔵庫の発送が遅れているようだ。月曜が祝日なので、配達は早くても火曜になる。アンナと相談して旧冷蔵庫を復活させることにする。階下に降りてお茶を淹れてからコンセントを入れると、コンプレッサーの快活な音がする。古いといっても「サイレンス・プラス」というだけあってうるさいこともなく、まるで「まだ俺も頑張ってるよ」と存在を示しているかのようだ。
 アンナが少し悲壮な顔で降りてくる。「もっと栄養のあるもの、食べる必要があるわ」「サラダとパンだけじゃ、生きていけない」「アヴォカドとか、豆類、豆腐だったらまるまる一丁必要」。言われてみて気がついた。大サラダとパンにチーズというパターンは、私のパリの典型的な食事のお仕着せだったのだ。私は若い頃こそ相当な健啖家で貪るように食べたものだが、50の峠を越えてから食が落ち始め、今では適度の量で済ませられるようになった。30そこそこの妊娠中の女性がこれで足りるわけがないのは、考えてみれば道理だ。なるほど、彼女いつもお腹空かせているわけだ。ということで、さっそく昼食にレンズ豆のココナツカレーを作り、幸い好評。私も驚いたのはこれが腹持ちが良く、夕食までスナックが不要だったこと。
 キッチンのカウンターの片付けをしていたアンナが「ちょっと、これ見て!」。見ると、しばらく前からカウンターの奥に置きっぱなしになっていた、開封した虎屋の羊羹に蟻が黒山とたかっている。なるほど、オフシーズンにキッチンを闊歩していた蟻たちにはそれなりの事情があったのだ。すぐさま外のゴミのコンテナに捨てに行く。これで蟻さんともお別れができるだろう。
 昼食後、「栄養のあるもの」の買い出しにハラインのスーパーに二人で出かける。珍しく、有機のサーモンも買う。これで夕食にするつもり。
 恒例になった自転車散策。好天の穏やかな夕暮れなのに、存外サイクリングをしてる人も散歩をしている人も少ない。「連休の土曜日だから、みんなどこかに外出してるんじゃない?」とアンナ。途中、自転車を止めて、大学時代の親友脇田氏から教えてもらった「はなのな」というアプリを試す。花をスキャンするだけでその名前が判るという優れもの。英語設定でも使える、というか、私のスマホがフランス語設定なので自動的に英語表示になったのだろう。お目当ての花をこのアプリに見せたら、「Mock Orange」と出た。かつて南仏アルデッシュ県に住んでいたころ、家の庭の東南隅にこの灌木があって、毎年春になると百とも千とも数えきれない純白の花があふれるように咲き誇るのだった。闇が降りるころ、なんとも言えない甘い芳香がテラスまで漂ってくると、春になったことを実感したものである。私の大のお気に入りだったが、彼の地で過ごした十数年の間、とうとう名前がわからず仕舞であった。何年か前、機会あって、さる人にこの花の名前を教えて頂いたのだが、スマホの何かのアクシデントで消してしまって、悔しい思いをした。それがこのアプリのおかげで判明したのだ。とても嬉しい。
 夕食後、ピアノでバッハの平均律。蓋を開けて弾くようになってから、ピアノがとても楽しい。
 就寝前に、アンナに「昨日の朝、いびきが素晴らしい響きだったよ」と言うと、「何いってるのよ、あなたこそ。何年か前は、いびきかかなかったのに。歳とったせいかなあ、最近またしょっちゅよ」。これはまいった、知らなかった。経験的に横を向いて寝ればいびきをかきにくいことはわかっているのだが、このところ、怠慢して仰向けで寝ていたのだ。今晩からまたちゃんと横を向いて寝ることにする。いびきだけで年寄りにされてはかなわない。

Popular Posts