9月3日(木)晴れ


 
 

 今は夜中の3時である。先に起きたのはアンナであった。私が眼を覚まして「サニー起きてるの?」と訊くと「ううん、寝てるみたい。でもずいぶん声出してた」。ライトを消すと、月夜だ。こっちを向いているサニーの顔を見ると、あれ、眼をパチクリさせている。「ポティかな」と私。

 ポティとは英語で「おまる」のことである。なぜ生後ひと月のサニーにおまるなのか?以前書いたことがあるが(79日付)、「排泄コミュニケーション」の実験中なのだ。『おむつなしで行こう!』によれば、赤ちゃんは生まれたその日から、排泄の必要がある時にサインを出すのだという。アンナの話では、すでに病院での一晩め、サニーはミルクと排泄の前だけ泣いたのだそう。自宅に帰って見ていると、確かにこのパターンが認められる。観察に努めること数日。サニーの出すサインに初めて応じられたのは、出産から一週間め、85日の夕食前のことであった。アンナがあり合わせのボウルを膝の間にはさむ。そしてサニーの大腿部を外側から両手で持って、ボウルの上に連れて行く。するとあら不思議、自分から用を足すではないか!おしっこもうんちも。どうして生後一週間のベイビーが、この姿勢が排泄のためだと理解できるのかが不思議。本能がそう彼女に教えているのかも知れない。初日は寝るまでに三回成功。こうして我々の「排泄コム」経験が始まり、昼も夜もサニーのサインをキャッチすることに努めることになった。今のところ100%の成功率とはいかないが、おしめを併用しているから、問題はない。おまるといっても直径15センチの逆帽子型でポータブル。昼間はダイニングのカウチに腰掛けて使い、夜間はベッドの上でサニーの移動トイレになる。親二人でポティをするときは、アンナか私かのどちらかがサニーを支え、もう一人がお尻を拭いたり、出たものの後始末を担当。上手くいった時は我々の達成感も高いが、面白いのはサニー本人が満足げな表情を見せることだ。ある意味で、親と子のティームワークが形成されていると言えるだろう。

 記念すべきポティ初日となった85日は、サニーの出生証明書が出た記念日でもあった。先の胎児認知証明と同様、あらかじめ市役所に必要な書類をメイルで送っておいたらアポイントをくれたので受け取りに行く。日本の出生届と違って、赤ちゃんも一緒に出頭する。市役所は旧市街の奥まった場所にあるが、目の前にパーキングが見つかりラッキー。認知証明の時と同じ感じの良い女性が対応してくださる。アンナと私がサインして説明を受ける。先に胎児認知証明をしてあったので届けがスムーズに運んだのだそう。私の情報が既にデータベースに入っていたからだろう。こうしてサニーは正式にオーストリア国民になった。次は日本国籍だ。

 さて、今日93日は晴れの好天になった。といっても、最高気温20度、心地よい風は一足早い秋晴れの感じだ。少し前からベイビーラップを使ってサニーを外に連れて出るようになった。ベイビーラップは抱っこやおんぶに使える、巾60センチ、長さ5メートルほどの帯状の布で、使いこなすには多少のテクニックが要求される。これをアンナがヴィデオを見たりしてマスターしたのだ。体が密着することになるので、ボディコンタクトの点では理想的。何でも、ぴったり包み込まれる感じが子宮内部にいた時の感覚と似ていて、しかも聴き慣れた母親の心音が聞こえるので、赤ちゃんが安心するらしい。こうしてサニーをラップで抱っこして、今日は裏山の森へ。木蔭がサニーを直射日光から護ってくれるので、日傘を差す必要もなくて楽。逆に木漏れ日が眼にも肌にも優しい。サニーはすやすやと眠っている。舗装が途切れると、ダートの道はつづら折りになる。助産婦のバーバラが昨日量ったところではサニーは4キロ近かったから、アンナにとってはそれなりの重さをキャリーしていることになる。けれど彼女の足取りはゆっくりだがしっかり、疲れを見せないのが頼もしい。私ともども、ヘアピンターンで時折息をつきながら急坂を登って行く。このあたりは、この春、毎日のようにクマニラ採りに通った場所。びっしり群生していたクマニラは姿を消し、名もない下草に取って変わられている。あの頃、サニーの栄養のためにと思ってせっせと摘んだクマニラが、何らかの形で今のサニーの一部になったかと思うと、不思議な感慨とともに、この半年に我々に起こった変化の大きさを思い知らされる。これから更に半年先、雪融けを待ってクマニラを摘みに来る頃には、サニーはどんな風に成長しているのかなと思う。ひとしきり森の空気を嗜んでから、三人してつづら折りを降りて行った。滑らないように足元をしっかり確かめながら。


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