3月19日(木)快晴





 朝、二階ベッドルームの開け放った窓の前をシジュウカラが頻りに横切る、家の裏から巣箱に向かって。家の裏には苔が生えているからこれを運んでいるのだ。一方向に五回も六回も飛ぶ。よく見たら帰路は地上近くを一階の張り出した部分を迂回して家の裏に戻っているのだった。一方通行でグルグル回っていることになる。パリでメトロを乗り換える時、一方通行になっている地下通路を遠回りさせられるのを思い出して笑いたくなった。
 玄関ドアのすりガラスの隙間から様子を伺うと、来るわ来るわ、2分と間を開けずに。苔を咥えて上方から飛んでくると、まず巣箱の屋根に止まり、慎重に様子を伺ってから中に入る。出る時はまず首だけ出してやはり安全を確認してから、まっすぐに飛び立つ。これは雛が孵ってからのエサやりの時も同じだ。オスは見張り役で、メスだけが汗水流して働いているのはちょっと不公平な気がする。
 チョプラのワークショップの日課、ワッツアップで送って来るはずのが届かない。アンナとどうしたのかなぁと言っていたら、正午過ぎて届いた。『これもまた過ぎ去るだろう』と題された寓話を読む。コロナの現状に当てはめれば希望を与えてくれるが、逆に、成功したからといって奢ってはならないという教訓も含めているようだ。個人的には鴨長明の「行く川の流れは」を思い出す。変化だけが恒久、ということだ。
 パリのロベールと話す。コロナの事態も一つの精神的に成長する機会、ということで意見が合致。他方、パリでは今度の自宅待機令を機会に同棲に踏み切ったカップルもいるらしい。フランスらしいな、と思う。
 高校の同級生にして私のヒプノセラピストのあやこさんにメッセージとメイル。彼女には帰省時にボディコンディショニングも指導してもらっている。ブログ開設に当たって何かアドバイスがないか訊く。
 アンナと夕刻裏山の森にクマニラを採りに行く。ちいさな花の蕾も根元にちらほら出かけているけれど、まだまだしばらくは葉っぱを楽しめそう。冬眠から覚めた熊が栄養源として真っ先に食べるとその名前が示すように、ニンニクと似た成分を持つがその効果はクマニラの方が上回るという。特にビタミンCが豊富。
 裏山から帰ると、アンナは前日に続いて胸焼けがするというので、彼女の夕食は前日同様じゃがいも。私は手抜きで有機パーボイル米の炊き立てにザクッとおろしたにんじんと刻んだクマニラを混ぜ込み、軽く塩とオリーブオイルをかけたもの。日本人の感覚からすると考えられないお米の食べ方だが、これが馬鹿に出来ない旨さ。新鮮なクマニラの実力に負うところが大きいが、ブルターニュ産の海藻フレークをかけて、栄養的にも悪くないはず。さらに、アンナの作った黒大根の漬物。日本の漬物とは少し感じが違うが、我々はTsukemonoと呼んでいる。ザウアークラウトの要領で漬けてあって、なかなかの美味。消化にも良い。
 夕食後、音楽。コントラバスはバッハ無伴奏3番の4-6楽章。ピアノは平均律2番を手直し。
 吉報!助産婦のマグダレーナからメイルの返信があり、喜んで我々の出産をサポートしてくれるという。我々は無薬の自然出産、自宅出産をやるつもりなので、これは千人力を得たに等しい。アンナと我々の幸運を祝福しあう。なんと言っても、自宅出産を引き受ける助産婦はザルツブルク地方全体になんと3人しかいないのだ。「我々の」出産と書いているのは、自宅出産にはパートナーの積極的参加が求められる。つまり私だ。エキサイティングな一歩前進である。



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